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所属(Factions)について

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所属(Factions)とは?

 これはゲーム「The elder scrolls series 4 : Oblivion」のMOD「Oscuro's Oblivion Overhaul」をモデルにしたもので、そのキャラクターが依存する組織や群に当たります。

 omake_overhaulでは更に拡大解釈されており、「そのキャラクターが依存する何か」の総称という事になっています。
具体的には信仰やギルド、組織や派閥といったものから、群れや性格、体質など全てが所属に当たります。

 所属の情報はfaction***.s?という名前のファイル名で保存され、既存のセーブデータに変更を加えません。 これにより、vanillaや他のヴァリアントへの移行を可能にしつつ、様々な機能拡張を実現します。

所属「アライメント」について

 これはTRPG「ダンジョンズ&ドラゴンズ」をモデルにしたものです。

 将来的には町人や行商人との取り引きや、ガードや冒険者との友好や敵対に大きな影響を与える要因にしたいと思っています。 しかし、今のところは、ほとんどお飾りに過ぎません。

所属「類」とそれによる敵対関係

 現状で重要なのはこちらです。 類とは群れの一つであり、モンスターの種族を最も大まかに分類したものです。

 vanillaでは全てのモンスターが一つの場所に集まり、何の問題もなく素直に共存していました。 しかし、もうそんな事は起こりません。 モンスターは派閥争いの結果それぞれの住処を定め、住処の定まっていないモンスターは自らの生存の為に、他のモンスターと命がけで闘います。

 具体的な話をしましょう。 あなたは強力なアンデッドモンスターと遭遇した。 あなたの実力では彼に敵わない。 しかし、あなたは彼を退けて先に進む必要がある。 そこであなたは野生召喚の魔法を使った。 出現した野生動物はあなたを無視し、アンデッドモンスターに突撃する。 その隙にあなたは脇道を抜け、階段に到達する事ができるでしょう。

 これは、ほんの一例に過ぎません。 類とそれによる敵対関係により、起こりえるゲームの筋書きは幾通りにもなります。

 どのモンスターがどの類に所属しているのかはあえて書かれていません。 しかし、概ね想像通りの類に所属しています。

所属「信仰」について

 omake_overhaulでは、信仰を所属の情報として管理しています。 これにより、移行を可能としつつ、vanillaには存在しない神の信仰が可能になりました。 財のイナリや水のダナリン、カスタムゴッド機能はその成果です。

所属「性格」について

 全てのNPCはいずれかの性格を得るようになりました。 「特徴と体質」のページで見る事ができます。

 今のところ、性格はゲームバランスとは何の関係もない、ただのお飾りです。 性格による能力ボーナスや思考ルーチンの切り替えも考えましたが、検討の末、却下しました。 性格とは非常に多種多様なもので、omake_overhaulでもそのようにしたいと思います。 それを能力ボーナスや思考ルーチンで表現するのは現実的ではないからです。

任意作成迷路の判定

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これだと入り口から出口までがいけないのでエラーを出したい。
でも俺は「入り口から出口までが繋がっていない」と言う判定がどうしても思いつかない。
地球記 プログラマちょっと来て
こちらのサイトが参考になるかもしれません。

迷路自動生成アルゴリズム
http://www5d.biglobe.ne.jp/~stssk/maze/make.html

要するに「空白の隣に空白」がスタートからゴールまで続いていれば良いわけなので、

1.スタートとゴールの空白の位置を把握
2.スタートの空白から「空白の隣に空白があるか?」を繰り返し判定
3.「ゴールの空白に繋ったか?」を判定

で、如何でしょう。

「最近のゲームはつまらない」
 と、言う人がいる。

 曰く、まるで映画でゲームとは思えない。
 曰く、システムが複雑すぎる。

 それはおかしい。 映画並に映像に拘っていることや、システムが複雑化してしまっていることは、イコールつまらないということ?

映像はゲームが生まれたその日から、世代を重ねる事に進化してきた。
ファミコン世代である私など、初めてプレイステーションのゲームのムービーを見た時、その美しさに感動した。

システムが複雑なものは、遡ればファミコンどころかそれよりももっと前にもいっぱいあった。
そもそもファミコンやスーパーファミコンのソフトはゲームシステムに関して真っ当な説明書が付属していないことなんてざらであったはずだ。 そういう場合、自らやり込むことでゲームシステムを少しずつ明らかにしていったはずである。
ところが今は詳細な説明書が付属。 なんと易しいことか。

過剰なまでの映像や演出のこだわり。 複雑なゲームシステム。
それは、ただ"そういうゲーム"であるというだけで、面白い面白くないとは関係ないはずである。


 ところが、そんな自分も昨今のゲームはやる気が起きない。
CMのムービーを見たり、ゲーム画面をちょろっと見せてもらったりするだけでやる気がみるみる萎んでしまう。 何故だろうか。

 それはおそらく、最近のゲームはあまりにも「懲りすぎている」からなのではないだろうか。
ゲームをプレイする上で必要な費用、時間、労力などの負担を、ここでは仮にプレイコストと呼ぼう。

「ファイナルファンタジー12」など、最新のゲームは例外なくこのプレイコストが高いが、ではプレイコストが高いとなぜやりたくなくなるのか? 問題は次の3つにあると思われる。

  1. ハードが高価な為、敷居が高い。 そのハードルを何とか越えたとしても、ソフトそのものが高い為、購入本数が絞られてしまう。
  2. クリアに多くの時間が必要な為、時間に余裕がない大人はかなりの日数を犠牲にする覚悟が必要になる。
  3. 高精細で色彩豊かな画面や、3Dを使った滑らかなアニメーションは神経に相当の負担が掛かる為、疲れてしまう。

 PSPに比べニンテンドーDSが売れているのは、ニンテンドーDSがスペック面でPSPに劣るが為に、プレイコストが低くおさまっているということもその一因なのではないかと思ったり。

もはや笑うしかない

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DQ8が復活の呪文だったら
http://www.gangtaxi.com/column/file_uncolumn/016/text.htm

バッテリーバックアップは素晴らしいねえ。
ゲームエンジニアが生んだ文化の極みだよ。

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